気になる内緒話 (お侍 拍手お礼の三十六)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 何でも、身の丈が雷電くらいはあっただろうお猿という、とんでもない怪物までが出て来たとかいう騒動へ、巻き込まれてしまったお歴々。一件落着したそのまま、彼らには馴染みの深い街、東の荒野の只中にある“虹雅渓”へ揃って足を運んだところ、

 『まあまあ、とんだ目にお遭いでしたねぇ。』

 今回は同行して来た大人の顔触れがきちんと事前に連絡したらしく。いつも不意打ちでやって来る、御主とその連れ合いに、あれもこれもしてあげられなかったと後から思い立つ不始末を、今回こそは埋めてやらんと気張った主人だったものか。予約の客を二人に一人は断ってまでして身を空けての、てぐすね引いて待ち構え。久々に逢うことの叶った、昔馴染みの皆さんへ、晴れ晴れとした笑顔を向けてのお出迎えに立ったのが。癒しの里随一の料亭“蛍屋”を切り盛りし、まだまだ若い身空で名物主人とまで呼ばれている、七郎次という若主人。金髪白面、役者のような二枚目で、若木のようなしなやかな長身に添う、切れのいい立ち居振る舞いには一点も隙がなく。何とはなしの立ち姿一つ取っても、凛とした威勢のいい張りと嫋やかな艶との両方を匂わせる、どこか奥の深い御仁であるが、その出自は相変わらずに謎のまま。ただ、こうして時折、手放しの歓喜のお顔でもってお迎えになられる方々がおり。その方々の風体・威容を見る限り、元は軍人で、そりゃあ凄腕のお侍様だったらしい…というのは本当みたいだと、そこまでだったら衆知のこととなりつつあるとか。


  まま、外からの風聞や評判はともかく。


 それぞれがそれなり経て来た遍歴に、揉まれ練られた末のこと、世間から見りゃ単なる浪人、俗世からははみだした身でいたものが。されど、その心根の崇高さでは群を抜いていたがため、それは凄絶で苛烈だったとある戦を、支え合っての乗り切って。その折に得た結束は不思議と、その前のあの長かった大戦のそれよりも堅く。それぞれの道へ別れて去ったはずが、何かと連絡を持ち合う間柄にもなっており。
「それで? そのご子息は無事にご実家へ運ばれたのですか?」
「ああ。しばらくほどは武家のあれこれを学んでのち、元の地行へあらためて、次の領主として配され直すとか。」
 悲しいこともあった土地だし、妙な伝承もないではないが、それこそ根も葉もないただの御伽話だからと、意に介されることはなく。
「それが一番に自然であろうと、当代が直々に取り計らわれた。」
「さようですか。」
 恐らくその判断には、この勘兵衛からの見得も大いに反映されたに違いなく。決して仰々しいまでの威容を終始滲ませている訳ではない、むしろ、威勢を削いでの取っつきやすく、ざっかけない人性をこそ繕っている節さえあるお人だってのに。初見の方々からさえも、接するだけで厚い信頼を得てしまうそのご人徳。

 “ほら、ご覧なさい。”

 生き生きと暮らしている人々が好きで、彼らのささやかな幸せを守るためならばと、何処までも利他的であれるくせに。自分と関わったとてロクなことにはならぬとばかり、情や好意はとことん撥ねつけて来た、ある意味十分に罪な人。
“そんなだから…。”
 振り切られても何するものぞと意固地になってのそのまんま。負けず嫌いな久蔵殿が、あっさり釣り上げられたんじゃあございませぬかと。自分だって負けず嫌いでは群を抜いていたおっ母様、自分はちゃっかり棚に上がってのそんなことをば思っていれば、

 「…おや。」

 日頃はどちらかの組だけがお見えとなるご来訪。こたびは珍しくも4人が顔を揃えての逢瀬とあって、積もる話も倍ならば、お酒や食事の弾みようも倍のほがらかに。広間に構えた宴の席にて。蛍屋自慢の料理とそれから、米処のおいしいお酒を供しておれば。お酒はダメだった誰かさんが、だのに…お膳の猪口を濡らしておいで。それに気づいた七郎次、おやおやこれはと御銚子を持ったまま、赤い長衣のそのお膝、きっちりと畳まれての四角く座った御前へ、自分のお膝を進めて来、

 「久蔵殿、ささを飲めるようになられたのですか?」

 訊けば…透くほどに真っ白い頬へちょっぴりほどの血の気がのぼり、白い指先がもじもじと、自分のお膝の形を辿りつつ、
「…。(頷)」
 こくりと頷く様子の、何とも嫋やかでかあいらしいことか。酔ってしまっての曖昧なところも見えなくて、
「暖まって、美味しい。」
 そんな感想まで出ようとは、舐めただけで昏倒していた昔に比べれば、これは大した進歩ではなかろうか。

 「久蔵殿とこういうお話が出来るようになろうとはねぇ♪」

 晩餐の席ではどうしても、酒が挟まる殿方組とは一線を画してしまうのが下戸なお人。食べることへはどうしたって限度があるから、水でもそんなには飲めなかろう、ザルやワクの方々と同座をするのは、間がもてなくて退屈だろにと、少々案じていたものだから。ついのこととて“いい子いい子vv”と前髪を撫でて差し上げれば、
「くせのない甘いもの、質のいいものであるのなら、舐めるだけは出来るようになれたらしいのだ。」
 とは、きっとそこまでお仕込みになられたのだろ、連れ合い様のお言葉。それが飛んで来たことへ、

 「あらあら。それじゃあ、ウチのささはお眼鏡に適ったということですね。」

 品のいいもの、だから飲めたということかと。ほっと安堵という仕草、粋な繻子織りの胸元を、こちらさんもまた綺麗な両手で押さえるは。やはりおもてなしをと同座していた、女将の雪乃であったけれど、
「でもねぇ、ご無理はいけませんよ?」
 酒は百薬の長とか申しますが、それでもね。酔った末に目が回ってしまったり、人によっては呼吸が急いたり、心の臓の具合が悪くなりもする。
「そうそう。」
 奥方の言葉へ七郎次もまた大きく頷き、飲めれば飲めるだけ偉いだなんてな法はありゃあしませんからねぇと続けての、

 「いくら勘兵衛様に勧められてのものであれ、無理を聞くこたありません。」
 「おいおい。」

 さほど離れてはいないところでの会話は、御主の耳へも十分届く。というか、わざとに聞かせているのがありありとしており。それへ壮年の連れ合い様が、柔らかく破顔なさっておられるは。そんな無理強いはしていないし、する気もないぞと。おっ母様から一応刺されたクギへの抗弁のようなもの、穏やかに返されたまで。

 “おさすがですよねぇvv”

 勘兵衛とは大戦の頃からのお付き合いという、長くて堅いつながりあっての“古女房”な七郎次が相手だからこそ、具体的なやりとりがなくとも成立した不思議なツーカー。たまにキツイ物言いをしても、決して御主の顔を潰しはしない。そんな古風なまでの心遣いをいつまでも忘れない滅私奉公は、もはや骨の髄へまで染みているものなのかしらねと。それが時には歯痒くもあった、あの神無村での冬を思って、微笑ましげに見やっていた五郎兵衛、平八のご両人であったのだが、

 「…そうだ。無理と言えば。」

 店の者に廊下から呼ばれ、ちょっとすいませんねと雪乃が座を外したのを見送ってから。ふと、七郎次が何か思いついたのらしく。………後にして思えば、彼のほうこそ少々酔いが回ってでもいたものか。

 「???」
 「あのですねぇ。」

 やんわりと細められた青い目許も嫋やかに、とろけるような微笑をその口許へと浮かべたおっ母様。こちらは藤色の紬のお膝をじりと寄せ、相変わらず華奢なばかりの次男坊の肩へ、愛でるように片手を置くと。もう一方の手を衝立代わりに立てての陰で、何やらこしょこしょ耳打ちを始める。
「…?」
 最初のうちは、耳元で紡がれている言葉が追い切れなかったか、時折くすぐったげに身をすくめつつ、ただ聴いていただけという感のあった久蔵であり。目の前で交わされる内緒話なだけに、ちょっぴり興味をくすぐられつつも、殿方にあたる面々を相手の、意地悪な挑発には到底見えない微笑ましさであり。

 「…から、……でましょ?」
 「…。(否)」

 久蔵が“ん〜ん”とかぶりを振って見せたことで、なら良いんですけれどと、おっ母様もまた納得なされ…たかに思えたところが、

 「………あ、だが。」
 「?」

 片方の手を引き上げての口許へ、深く考え込むような素振りをしてから、何か言いたげなお顔になった次男坊。何でもどうぞと今度は耳を傾ける側となり、幼い所作にて衝立を作ったその口許へ、お耳を寄せた七郎次であり。

 「………で、……なのだが。」

 ないしょ、ないしょ、内緒の話はあのねのね。日頃、寡黙だ無口だという印象の強い久蔵が、それが先かそれともだからこそか、あまり言葉を知らぬ向きさえある次男坊が。これもまたお酒によって心絆されたという、効果・効用というものか。何をそんなに話すことがあるのやら。しばらくほど ぼしぼしと何やら紡いでおったのへ、

 「…。」

 これはまた珍しいことよと、他の皆様も、申し合わせたように…ついのこととて固唾を呑んで見守っておれば。

 「…そ、それは黙っていてはなりませんてば。」

  はい?

 いきなり身を起こし、久蔵と真っ向から向かい合う七郎次であり。

 「いいですか? 最初が肝心なのですよ?
  そのままにしておけば、勘兵衛様とてそれで良いのかと納得してしまう。」

  はい??

 続いたお言いように、残りのお二方がちらりと視線を寄越して来。名指しされたご当人は…ただただきょとんとしておいで。
「七郎次?」
「…っ。勘兵衛様、あのですね…。」
 そうでした、そのご本人が此処においでじゃあないですかと。そうと言わんばかりの反応・反射で、座したまんまでかかとを上げてのお膝を回し、そちらを向いたおっ母様。
「勘兵…、」
 えさまと続けかけた声が、真横から伸びて来た手で声の主ごと鷲掴みにされた。七郎次だけじゃあない、五郎兵衛や平八も、勿論のこと勘兵衛までもが そちらを見やれば、

 「〜〜〜〜。/////////
 「え? ですが、ちゃんとお言いにならねば。」

 真っ赤になっての必死の制止。片膝立てての身を乗り出して、言わなくても良いと、全身で示している久蔵なのがまた、

 「かあいらしいですよねぇ♪」
 「…ヘイさん。」

 まさかお主まで酔うておるのかと。その実…シチさんがほろ酔いの上で少々逸脱したらしいとか、それに気づかぬ久蔵殿が必死なのは本気だとか何だとか。色々と通じておろうにそういう言い方もなかろうと、五郎兵衛殿が呆れたのは言うまでもなくて。そしてそして、


  ―― 辛かったり無理強いされたりするようなら、断っても良いのですよ?
      〜、〜、〜。(否、否、否)/////////
      辛いことじゃあないのですか?
      …、…、…。(頷、頷、頷)/////////
      でもですねぇ…。


 一部、しらじらしいやりとりはまだ続き。一体何を無理強いされたか、いやさ、

 “どのどれが無理強いなのだろか。”

 心当たりが一杯ありそな、こちらの誰かさんの胸中こそ、問題なのじゃあないでしょかと、思ったりする筆者だったりするのであった。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.1.22.


  *千紫万紅『紅双華妖眸奇譚』のおまけといいますか、
   小劇場の『年の初めのためしとて…』の枝番みたいなもんでして。
   一体何を指して
   “我慢するこたない”とシチさんから言われた新妻なんでしょねvv
   お酒や辛いものの無理強いとか、
   むしろ“今宵は寝るだけにしよう”と
   おねだりを振られたこととかだったら笑えますが…。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらvv

戻る